人は皆多面体である。
Koppe's essay
「人は皆多面体である。」
人は皆多面体である。
形のある自分がいるのではない。
「自分はこうだ」という自分像が固まっていてもいなくても、誰かから見たあなたは、他の誰かから見たあなたとは違う。
それはまるで多面体のように、見る角度や高さによって見えてくる形が違う。
そしてそれは二次元,つまり平面では存在できず、必ず、誰かから見えている方とは裏の形が存在している。
人の出会いや付き合いはこの面と面との披露会の中で決まる。
見せる面が違えば、その人との関係性も変化する。
だが、逆にあなたが、相手の見せている面を見ているのかと問えば、答えはNoかもしれない。
相手が見せたい面とは反対の、裏の面を憶測しているのかもしれないし、その憶測と本当の裏の面は違うかもしれない。
人の内面というのは神秘的である。
決して誰かから見られることもなければ、自分も眺めることはできない。
その不確定さに、今日も私たちは悩まされるのである。
だが、その不確定なものから外面は作られていくわけだから、どんなに人に裏の顔があったとしても、その中にあるのはたったひとつの心である。
だから、多面体といっても、ひとつのところから創造されたものである故に共通するものがあるはずだし、その面々を見て、中にある不確かなものを憶測することで、我々は「その人」を定義する。