なにもしなくていい朝。わくわくしながら目を覚ます朝。
世は春休み。
起きて20分で慌てて家を出なくていい朝。
寒いなんて感想をこぼす暇もなく自転車を駅まで走らせなくていい朝。
満員電車につぶされなくていい朝。
なにもしなくていい朝。
なにもしなくていい朝。
なにもしなくていいから、なんでもできちゃう朝。
さぁ今日はなにをしよう と胸がわくわくして
自然と目が開いていく朝。
カーテンを開くと
シャーという音とともに光の粒々が体の中に入ってきて
それがこころのなかにも入っていくような気がして
力がたぎる朝。
なにもしなくていい朝。
わくわくしながら目を覚ます朝。
作詞 こっぺ
長い休みが始まる朝を描いてみました。
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物心一元論 心身相関の時代です。心と体の相補性をうま~く使ってあげましょう。
ども、こっぺです。
今回は「物心一元論や心身相関」といった、「心と体は繋がっているよね~」というお話をしていきます。そして心と体の相補性を上手に使っていくための考え方と具体例な実践の例を挙げていきます。
・心と体は繋がっている
心と体は繋がっているんですね。普段あまり哲学的なことを考えない人はこのことを見落として、心が苦しいとき、心ばかりに意識を集中させてしまったりするんですよね。
「心と体は繋がっている」このことを心身相関と呼んだりします。緊張して喉が渇いたり、嬉しくて涙が出たりすることですね。
・心と体の相補性をうま~く使う
「心と体は繋がっている」ということを考えると、体が疲れているときは心も疲れているし、心が疲れているときは体も疲れている傾向にあることが分かります。そうです。この繋がりをうまく使うのです。そして心と体では、どちらを動かすのがより楽でしょうか。体ですね。だから、心が疲れたなぁというときは、体を動かすと心の疲労回復に効果的です。歌を歌ったりするのも効果的です。
僕も、勉強に疲れもう続ける気が起きないなぁというとき、懸垂や10分のストレッチをすることで、自然とまた頑張れたりします。
これは「自分で動かすことの難しい心」を、「動かすことが簡単な体」を使うことで動かすことができたということです。間接的に自分の心を自分で動かすことができたということですね。
余談
この心の疲れや集中の切れを「弱さ」として認識しないことが大事です。
自分に一番距離が近いのは、自分自身です。
自分を一番傷つけることができるのは自分なんですね。
だからこそ自分と自分の乖離を避け、どんな自分も受容してあげましょう。
さんきゅぅふぉあをっちんぐ!
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今週のお題 花粉の季節ですが僕の前で「花粉つらいんだよねー」と言わないでください
ども、こっぺです。
花粉に悩まされるこの季節がやってきましたねぇ。
すると巷で花粉の話題があがるようになりますよね。でもでも、
【今週のお題】花粉の季節 ということですが、タイトルにもある通り、僕の前で「花粉つらいんだよねー」と言わないでください。
わたくしこっぺは、鼻炎なんですよ。(ぴえん)
花粉症に悩まされている方々は、この時期、春だけに鼻水とかくしゃみとかが止まらないんですが、鼻炎(通年性鼻炎)の僕たちは、1年中、もういっっっちねんじゅうつらいわけなんですよね。
だから、「花粉つらいんだよねー」と聞くと、「いやいや お主らこの季節ONLYやろぉ」というつっこみを召喚できてしまうんですよね。。
具体的にこっぺのお鼻事情を説明すると、
朝起きたときは、モーニングアタックと呼ばれる起きた時に鼻水がとまらない症状がでて、昼、夜は寒くもないのに鼻水が止まらないことが多々あります。僕の場合は夏は比較的大丈夫で、冬になると鼻水の量が増えてきます。
だから僕は、「花粉つらいんだよねー」と言われると心の中で、「まぁぼくはEVERY☆DAYなんだけどね-」と言い返しています。。
花粉に悩まされている方、花粉症を春の風物詩として楽しんでいきましょ--!
僕たちは風物詩にはできません_________r(.. )___
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【感謝】総アクセス数が1000を突破しました!
ども、こっぺです。
本日、タイトルにもある通り、総アクセス数が1000を突破しました!
嬉しい限りです。
読んでくれている方、登録をしてくれている方、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
人は孤独を感じるのにも、他者を必要とする 【ひとこと】
嫌われる勇気より
時間は人間が作り出した概念だから、タイムスリップはできない
ども、こっぺだ。
今回はタイムスリップについての持論を語っていく。
TOPIC
このふたつのトピックで話を進めていく。
ではさっそく内容に入っていく。
【幸せ】各人の幸せに共通項はあるか #1
ども、こっぺです。
今回のテーマは各人の幸せに共通項はあるかです。
初めは「幸せとは何か」を語ろうと思ったのですが、「幸せとは何か」を語る上でまず、このテーマの答えを明白にしておかないといけないと思ったので、今回はこのテーマについて書きます。
各人の幸せに共通項はあるか
みなさんはどう思いますか。
この質問の意味は、「これって誰にとっても幸せだよね」ということは存在するかということです。
どうでしょうか。
僕は「人間関係がうまくいっていること」が幸せじゃないっていう人はいないんじゃないかなと思います。
人は他者を必要とする生き物なので。
しかしこの仮説を裏付ける根拠が今の僕にはないので、なにか意見があればコメントをください。
#1とありますように、そこから発展させていきたいと思います。
問題は対処するよりも回避する方が大事 【ひとこと】
かかる費用と時間を考えよう
蓮の葉の上の宝物
僕は父だ。
その日、娘のリンナは門限の7時になっても家に帰ってこなかった。
リンナはまだ小学生で、携帯電話も持っていなく、連絡も取ることができないので僕と妻は心配していた。
「ガチャン」
家のドアが閉まる音がした。
僕と妻は晩飯を食べるのを中断し、1階の玄関に行く。
階段のところから、玄関が見える。
そこには、リンナがいた。
怪我や事故はなさそうだった。
そして、リンナが笑顔になり、何かを言おうとした瞬間、妻が「こんな遅くまで何してたの!」と怒鳴り上げた。
リンナのその笑顔が一瞬にして慄く顔になったのが僕には見えた。
妻はリンナに2階のリビングにくるように言い放ち、階段をスタスタあがっていった。
僕はしばし階段にとどまることにした。
リンナが手洗いを済ませて、階段に来た。
僕と目が合って、僕が「どうしたの」と訊く。
しかしリンナは無言で僕を追い抜き、2階にいってしまった。
そのあとを追うようにリビングに向かう。
3着だ。すでにリンナと妻はリビングのテーブルをはさんで座っている。
僕はゆっくりと妻の横の椅子に向かい、座った。
初めに口を開いたのは、やはり妻のほうだった。
「リンナ、こんな遅くまで何をしてたの」
先ほどまでではないが、相手を威嚇するには十二分な声量と気迫だ。
リンナは下を向いて答えようとしない。
帰宅時に一瞬見せた笑顔は、もうどこを探しても見つからなさそうだ。
その後いくつかの問いかけを妻がしても、リンナはうつむいたままだったので、僕が「今日はもう遅いし、また明日話そう」と言って、それぞれが自室に戻った。
自室に戻り、パソコンを開こうと机に向かうと、机の上に1枚の手紙があることに気づく。
「パパへ まくらぎこうえんの中の1ばんせが高いはすの葉の上に宝ものがあったよ」
11時18分。家を出て、枕木公園へ歩く。
家からすぐ近くの公園だ。
そろそろ夜が寒くなってくる季節。
街灯が月明かりの邪魔をしながらも輝いている。
いろいろなことが頭を支配する中、やはり1番は「蓮の葉の上に何があるのだろう」であった。
今行かなきゃいけない気がした。
だからこうして歩いている。
直に到着する。
案の定公園には誰もいない。
娘の手紙に突き動かされたこの男以外には。
この公園は周囲の公園よりもかなり広い。
蓮がたくさんある沼の方へ歩く。
公園には、道ほど電灯がなく、月をたいまつにして歩くほかない。
そして、辺り一面を見渡して、1番背の高い蓮の葉を探す。
すると奥の方に1つ、群を抜いて背が高い蓮の葉を見つけた。
「リンナが見つけた宝物とはなんだろう」
好奇心が僕を進める。
風はない。
近くに来てみると、かなり大きい。
そして、その蓮の葉の上を覗くと、
そこには様々な種類の果実やその種子が乗せてあった。
僕には、それらはほのかに光をまとっているように見えた。
僕は少し考えた。
そして湧いてきたのは、「大人になったなぁ」というリンナへの感動だった。
そんな物思いに心を浸けていると、背後から足音が聞こえてきた。
振り返ると、そこには妻がいた。
妻も、僕がこんなところにいることに驚いている。
僕が、「おーい、見ろよこれ」と手を振りながら言うと、妻は走って向かってきた。
妻が走っている姿を見るのは久しぶりだ。
そして妻が蓮の葉の上にあるものを確認する。
少し経つと、妻は「ごめんね」と蓮の葉を撫でながら呟いた。
帰り道は2人で歩いた。
「2人きりで横に並んで歩くのは久しぶりだな」
そんなことを話しながら歩いた。
今思えば、こんな経験をもたらしたあの宝ものは、本当に宝物なのかもしれない。
【作者より】
いかがだったでしょうか。
今作はだいぶ長編になりました。
ボードゲーム「DiXit」のカードの背景の物語を創造しております。
面白いと思っていただけたら嬉しいです。
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